レオナルド・ディカプリオの知識

レオナルド・ディカプリオ / 生い立ち / 俳優活動 / 人物像 / 主な出演作品 / 主な吹き替え声優 / 外部リンク

俳優活動


父の再婚相手の息子(レオナルドの義兄)がテレビコマーシャルで多くの収入を得ていたことに感化され、子役になることを志す。10歳頃から芸能事務所を探しオーディションを受け始めたが幾度と無く不合格となり、挙句の果てには、本名の響きはエキゾチックであるとして「レニー・ウィリアムス」への改名を打診されるなど不遇の時期が続いた。14歳で初めてテレビコマーシャルへの出演を果たすと、テレビドラマにも出演を重ねるようになり、1993年に出演した『ギルバート・グレイプ』で19歳にしてアカデミー助演男優賞にノミネート。その後も立て続けに映画への出演を重ね、『ロミオ+ジュリエット』ではベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞した。ディカプリオの名を一躍世界に知らしめたのは1997年公開の『タイタニック (1997年の映画)|タイタニック』である。数多くの興行収入記録を塗り替えたこの作品での、悲劇的にして純粋な役柄が生来の端正な顔立ちと相俟ってその人気と知名度が世界規模に飛び火した。日本では各種メディアがディカプリオをレオ様と表現し、世界でも「レオマニア」と呼ばれる熱狂的ファンが生まれ、1990年代後半を象徴するセックス・シンボルとなった。さらにこの頃サービスが開始されたインターネットにおいても、世界で最もその名が検索された人物となった。しかしその反面、作品はアカデミー賞で11部門を受賞しながら自分はノミネートすらされなかったこと、役のイメージが先行したため俳優として正当に評価されなくなったこと、さらに続く作品が立て続けに失敗に終わったこともあり、『タイタニック』への出演を後悔する趣旨の発言さえすることもあった。2001年、映画制作会社アッピアン・ウェイ(アッピア街道の意)を設立。翌2002年にはマーティン・スコセッシの監督作品『ギャング・オブ・ニューヨーク』に主演。アカデミー主演男優賞のノミネートを共演のダニエル・デイ=ルイスに浚われる不運に見舞われたが作品は大ヒット。また長年苦しんできたイメージの払拭にも成功し、観客・評論家双方の高い評価を得ることに成功した。2004年、アッピアン・ウェイで初めて製作を担当した『アビエイター』でスコセッシと再度コンビを組んだディカプリオは実在したアメリカの大富豪、ハワード・ヒューズを演じゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)|ゴールデングローブ賞 ドラマ部門主演男優賞を受賞。アカデミー主演男優賞受賞の期待も高まったが、同じく実在の人物、レイ・チャールズを演じた『Ray/レイ』のジェイミー・フォックスの前に涙を呑んだ。2006年には『ディパーテッド』、『ブラッド・ダイヤモンド』と2作品に出演。前者はアカデミー作品賞を受賞し後者では自身がアカデミー主演男優賞にノミネートされ、アイドルとしての俳優から実力派俳優への道を着実に歩んでいる。

Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL

 

関連商品




レオナルド・ディカプリオリンク

     Copyright (C) 2005アメリカの映画俳優. All Rights Reserved.