マルチェロ・マストロヤンニの知識
マルチェロ・マストロヤンニ / プロフィール / 受賞歴 / 主な出演作 / 来日時のテレビ番組出演 / 私生活 / 関連事項 / 外部リンク
プロフィール
生い立ち
1924年9月28日にイタリア北部の小都市、フォンターナ・リーリの家具職人の家に生まれたマストロヤンニは、イタリアの首都・ローマと北部の工業都市トリノで育ち、その後第二次世界大戦にイタリア軍兵士として参戦。1943年9月8日にイタリアが連合軍に降伏し、その後、北部がドイツ軍の占領下に入るとドイツ軍の捕虜収容所に入れられたものの、からくも脱出し、その後1945年までの間イタリア北部のヴェネツィアで隠遁生活を送る。
映画デビュー
第二次世界大戦が終結した1945年に演劇の世界に入り、ローマで映画の制作スタッフとして働くとともに、ローマ大学の演劇センターで俳優のレッスンを受け始める。その後イタリアを代表する巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ監督に才能を認められ、1947年にイタリアで公開された『ル・ミゼラブル』(原題:『Il Miserabili』)で俳優としてのキャリアをスタートさせる。
世界的スター
その後は『バストで勝負』(1955年)や『女と男』(1957年)、 ルキノ・ヴィスコンティ監督の『白夜』(1957年)などに出演し、1959年に公開されたフェデリコ・フェリーニ監督の名作『甘い生活 (映画)|甘い生活』(原題:『La Dolce vita』)で、ローマの上流階級を舞台に退廃的な生活を送るゴシップ記者を演じ、世界的な名声を得る。その後もフェリーニ作品に頻繁に出演し、『8 1/2』(1963年)や『女の都 (映画)|女の都』(1980年)、ローマにある巨大な映画撮影所「チネチッタ」のオープン50周年記念作品の『インテルビスタ』(1987年)など、多くの名作を残した。また、同じく多くの映画で典型的なイタリア美女を演じている女優、ソフィア・ローレンとの共演も多く、前述の『バストで勝負』やヴィットリオ・デ・シーカ監督のコメディ『昨日・今日・明日』(1963年)、『ひまわり』(1970年)、ロバート・アルトマン監督の『プレタポルテ (映画)|プレタポルテ』(1994年)など多数の映画で共演している。
死去
1996年12月19日にフランス、パリの自宅で膵癌|すい臓ガンで死去した。。遺作はポルトガルの巨匠、マノエル・デ・オリヴェイラ監督の『世界の始まりへの旅』(1997年)であった。葬儀はローマの教会で国葬扱いで行われ、多くの共演者やファンが世界中から駆けつけた。