ナオミ・ワッツの知識
ナオミ・ワッツ / プロフィール / 主な出演作品 / 外部リンク
プロフィール
生い立ち
イングランドのケント州で、骨董品|アンティークのディーラーや衣装デザイナーを務める母と、ピンク・フロイドのサウンド・エンジニアであった父との間に生まれる。幼少時のナオミがピンク・フロイドのメンバーらと共に納められている写真をニック・メイスンがピンク・フロイドの自伝に掲載した。1つ違いの兄であるベン・ワッツは現在イギリスで写真家として活動しており幼少時は頻繁に喧嘩をしていた。両親はナオミが4歳のときに離婚し、7歳で父を亡くすと家族と共にウェールズのアングルシー島に移住。母方の祖父母と生活した。ワッツは離婚後の母を端的にヒッピーと表現した。母には受動的攻撃性の傾向があり、経済的に疲弊しては子供たちを里親に出すと脅迫した。更に交際相手を追って、家族を巻き込みながらイギリス国内を転々とするなどワッツは絶えず母に振り回される生活を余儀なくされた。そしてワッツが14歳の時、家族は祖母の出身地であるオーストラリアのシドニーに移住した。一家は揃ってオーストラリアの市民権を得たため二重国籍となったがワッツは国籍や愛国心について「イギリスでの14年間はとても幸せな日々で、離れたいと思ったことはない。オーストラリアに住んでいた頃も頻繁にイギリスを訪ねた。」と語っている。シドニーに移住後ワッツは複数の演劇学校に在籍した。当時のクラスメイトであったニコール・キッドマンとは現在に至るまで深い交友関係にある。
キャリア
1986年、ワッツは演劇活動を休止し、モデル (職業)|モデルとして生計を立てるために日本へ移住した。しかしプロのモデルとして肉体的な必要条件を満たしていなかったために、ワッツにとって全く興味の湧かない販売促進の部門に配属されそうになったことから4ヶ月で辞職。彼女は後に当時のことを「人生で最悪の時期」と振り返っている。帰国後はデパートでファッション雑誌のアシスタントとして働いた。その中で小規模の演劇活動に招待されるうちに演劇活動への情熱を取り戻し、再び女優として活動する決意を固めた。女優としてのキャリアの始まりはオーストラリアのテレビドラマやコマーシャルメッセージ|コマーシャルであった。インディーズ映画で共演したキッドマンやタンディ・ニュートンが世間の注目を集める中でワッツは評価されるまでに到らず、カルト映画やB級映画で食い繋ぐ苦しい時期が長く続いた。で催された『キング・コング (2005年の映画)|キング・コング』のプレミア試写会にて
2001年、デヴィッド・リンチによる映画『マルホランド・ドライブ』の主役に抜擢され、数多くの映画賞を受賞。翌2002年、日本で大ヒットしたホラー映画のリメイク作品である『ザ・リング』に主演。このころから日本でもその名が知られるようになった。さらに2003年に出演した『21グラム』で初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされた。2005年公開の『キング・コング (2005年の映画)|キング・コング』では37歳という年齢でヒロインを演じたことが大きな話題となり、ワッツのキャリアの中で最高額となる5億$超の興行収入を記録。現在、撮影待機中の作品が5本存在するなど、今後のさらなる活躍が期待されている。
私生活
オーストラリアの演劇学校でクラスメイトであったニコール・キッドマンや『21グラム』で共演したベニチオ・デル・トロとは特に仲が良い。映画で共演したヒース・レジャーらと交際してきたが、2005年の春頃からリーヴ・シュレイバーと交際を始め、ワッツは2007年7月28日にシュレイバーとの間に儲けた長男を出産した。また、仏教への改宗を行ったとされている。